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「あおもり歴史トリビア」第620号(令和6年9月27日配信)

「あおもり歴史トリビア」第620号(令和6年9月27日配信)

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〈青森市メールマガジン〉
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皆さん、こんにちは。文化遺産課の設楽です。

10月4日は、「日本刀の日」とされています。これは、10(とう)4(しょう)の語呂合わせから、全日本刀匠会が平成30年(2018)に制定したものです。刀匠とは、たたら製鉄によって作られた玉鋼を打ち鍛えて刀を作る職人のことで、刀工や刀鍛冶とも呼ばれます。

日本刀について、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか? 名刀を所持した戦国武将などの歴史上の人物や、近年では日本刀を擬人化したゲーム・アニメのキャラクターを連想される方が多いかもしれません。日本刀の歴史は、飛鳥〜奈良時代の直刀(ちょくとう)にさかのぼり、平安時代後期に反りを有する湾刀(わんとう)が出現すると、その後、時代毎に戦い方や用途によって変化し、鎌倉〜南北朝時代には長大な太刀が作られます。さらに室町時代後期には太刀よりも短く、打ち切る機能に優れた打刀が登場し、江戸時代へと続きます。皆さんもご存じのとおり、もともと武器として作られた日本刀ですが、武器以外に権力の象徴、信仰の対象、美術品としての側面も有しています。また、日本刀は、現代でも美術品として作られており、名刀の復元など、伝統的な技術が現代の刀匠によって継承されています。

ところで、江戸時代の津軽地方においては、「津軽刀工の三傑」と称される森宗、國吉、國廣をはじめとして、幾人もの刀工が存在したといわれています。
このうち森宗は、浪岡にゆかりのある刀工です。津軽刀工の源流とされる初代 森宗は、越前国(現 福井県)の出身ですが、浪岡北畠氏の招聘によって浪岡に移り住み、浪岡において明応年間(1492〜1501)から享禄年間(1528-32)まで鍛刀(たんとう)したようです。森宗の家系は、明治期の廃刀令に至るまで13代にわたって刀工を続けたとされ、寛永12(1672)年に陸奥大掾(だいじょう)の官職を受領した5代以降は、子孫代々盛宗を襲名しています。初代〜3代森宗までは、浪岡に居を構えていたとされ、2代森宗(恵林、慶林ともいわれます)は、槍作りに優れ、恵林の槍と称されたといわれています。
現在、弘前市の高岡の森弘前藩歴史館では、令和6年(2024)度秋の企画展「高照神社展」が開催され、5代盛宗の銘が記された刀が展示されていますので、ご興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。

《参考文献》
土子 民夫 2022 『知識ゼロからの日本刀入門』
東奥日報社 2002 『青森県人名辞典』「森宗」
青森県立郷土館 2016 『青森県立郷土館特別展「刀剣魂」図録』


《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp

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