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天気のいい日中に、ニューヨーク市内、特にセントラルパーク周辺を歩いていると、たくさんの人が犬を連れて散歩しているのを目にすることでしょう。都会で住んでいる人にとっては、“獣医”という言葉から、主に犬や猫を治す動物のお医者さんをイメージする方が多いと思います。しかし、獣医師の仕事はそれだけに留まりません。例えば、牛、馬、豚などの産業動物の治療や病気の予防をすることもありますし、これらの動物が生産する乳や肉を調べ、異常がないか安全を確かめること(食肉衛生)も獣医師の役割です。また、動物園や水族館などで飼育されている動物の健康を管理することもあります。さらに、上下水道の水質検査や空港などの検疫などを通じて、病原菌の拡散を防ぐ仕事(公衆衛生)に携わることもあります。そして、前述の仕事とは別に、大学などの施設で研究を行う上でも、獣医師は必要とされています。
動物の力を借りることで、生命の謎を解き明かし、病気の診断・治療に結びつけることができます。
医薬品の開発やライフサイエンスの研究には、マウスをはじめとするいろいろな動物(Laboratory Animal)が用いられています。近年の幹細胞研究の目覚ましい発展により、臓器に類似した細胞の塊(オルガノイド)を用いた解析が可能になってきていますが、特に生体内の臓器の機能を完全に再現できているとは言い難く、現状では動物の力を借りることが不可欠です。ただし、やみくもに動物を使ったり必要以上の苦痛を与えることはあってはならないことです。動物を用いた実験を行うにあたり、「3Rの原則」というものがあります。なるべく動物を使わないよう代替し(Replacement)、使用する場合はできるだけ数を減らし(Reduction)、なるべく苦痛を与えないよう実験方法を洗練させる(Refinement)というものです。実験方法を厳密に評価し、実験中の動物をきちんと監視し、必要に応じて処置を行うのが獣医師の役割です。敬意を持って動物の生命を取り扱い、人の社会全体へ最大限貢献できるよう正しく導くことが獣医師の使命と言えるでしょう。
研究者として独立して仕事をする上で、自身の専門性を究めるだけではなく、積極的に他分野と関わり、独自の土俵となる新しい研究領域を開拓する能力が必要とされます。もちろん、獣医師としての専門性が役に立つこともありますが、獣医学が網羅する分子から、個体そして生態系のレベルまでの幅広い知識は、さまざまな背景を持つほかの研究者との交流において大きなアドバンテージとなり得ます。自分の研究の立ち位置を正確に把握し、積極的に分野間の架け橋になるような共同研究を主導することが、今後ますます生命科学分野に携わる獣医師に求められていくように思われます。
“獣医さん”は、動物と人の社会とのさまざまな接点で活躍しています。それぞれ立場は違うものの、人と動物の健康と幸せを願い、誇りを持って日々仕事をしています。